今日の 26:00〜クラシカジャパンでヤングピープルズ・コンサートを放送します!! 必見です!!! (2005.12.28)
レリ・グリスト(1932〜)
ニューヨーク出身のコロラトゥーラ・ソプラノ歌手。 モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスなどのオペラで、 スーブレット役として活躍した。 その声、その歌、その演技。 史上最高のソプラノと言ってよいだろう。 グリストは一度聞いたら忘れられなくなるような、非常に特徴的な声を持っている。 それは、明るく高く美しくクリアではずむようなチャーミングな歌声。 そしてその根底にはえもいわれぬやさしさが流れている。 グリストが歌うモーツァルトはあまりに美しく、 聞いていると、時にめまいを、時に身震いを覚えるほどだ。 空間にグリストの声が満ちる。 どんな歌も素晴らしく聞こえる。 グリストが歌うと、ただのレチタティヴォも急に輝きだす。 不思議な程に歌うような感覚があり、 アリアと同じくらい生き生きと美しく響く。 コロラトゥーラは曖昧さを排除しあくまで明瞭。 繊細にかつ力強く、ハイ F まで昇りつめて行く。 グリストはどちらかというと小柄できゃしゃなタイプだが、 舞台の上では実に生き生きと、よく動きよく笑いよく歌う。 目の演技も素晴らしい。 大きないたずらっぽい目がクリクリとよく動き回る。 グリストの歌をじっと聞いていると、 ふとその根底に流れる魂が全身で知覚できる時がある。 瞬間、背筋がぞくぞくし、鳥肌の立つような身震いに襲われるのだ。 モーツァルトという最高の音楽を、 グリストという最高のソプラノで聞けるとは、 なんという至福であろう。 ニューヨークのシティー・センター・オペラで、 「カルメン・ジョーンズ」のミカエラ役でデビュー。 それを聴いたレナード・バーンスタインに 「ウェストサイド・ストーリー」の Consuelo 役を与えられた。 1959 年サンタ・フェで「後宮から誘拐」のブロンデと「こうもり」のアデーレを歌う。 それを聴いたストラヴィンスキーが指揮する「うぐいす」に参加。 その後オペラ歌手として、 サンタフェ、コヴェント・ガーデン、スカラ座、メトロポリタン等、 世界各地で活躍した。 1991 年アムステルダムでの「Neither」を最後に現役を引退。 1997 年までミュンヘン国立音楽大学で声楽科で教鞭をふるった。 常に自分の可能性を探り、開花させて行くのが好きだという。 一方では、母として、妻として、歌手として、それぞれにベストを尽くし、 どれか一つのために他を犠牲にすることはなかった。 ちなみに "Reri" という名前は、 映画「タブウ」 のヒロインの名前からとられたらしい。 |
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娘が描いたグリスト(スザンナ)
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私はソプラノというのが余り好きではない。
というか、嫌いと言った方が正しいくらいだ。
何を言っているんだかわからないキンキン声がきらいなのだ。
そこに流れて来たツェルリーナとマゼットのデュエット。
今まで聞いたどんなソプラノとも違うその声に、
「え?? なにこれ。こんなのあるの??」
という感じだった。
そのテープ(全4本)は何十回と聴いたけれど、
やがてテープデッキが壊れ、CD/MD に移行して、
テープは二度と聴く機会が無かった。
それがふとしたきっかけで、 また最近ハマっている。
Salzburg Festival(要 JavaScript) によると、 1964 年のアリアドネは新作、そして 7 月 26 日は Premiere つまり初日!!!! (19:30 開演だったらしい)
(過去を振り返って一番印象に残っている出来事は? の質問に答えて)この歴史的な演奏が録音に残っているなんて!!!
もう一つはたぶん 1964 年のザルツブルクデビューでやった Ariadne auf Naxos の Zerbinetta でしょう。 演出は Gunther Rennert。 誰一人私を知らなかったし、私も彼らを知りませんでした。 キャストは Christa Ludwig, Paul Schoffler, Sena Jurinac, Jess Thomass、 そして指揮は Karl Bohm でした。 ステージが進む中、あの大アリアの最後のハイ D のところで、 私はまるでバレリーナのようにクルクルと回転しなければなりませんでした。 それで、歌い終えた時私は観客に背を向けて止まっていたのです。 すると観客席から、それまで一度も聞いたことのないような、 大きな喚声と足を踏み鳴らす音が湧き上がりました。 彼らはそれを止めようとせず、私はどうすれば良いのかわかりませんでした。 パフォーマンスの最中に、私はおじぎをしたくなかったし、 他の誰かがおじぎするのも見たくなかったのです。 けれど拍手喝采は鳴りやまず、 私は気をそがれて、困り果ててしまいました -- ステージ上でそんなことになった事はほとんどなく、珍しいできごとでした。 Rennert がそばに来て言いました。
「振り返って、挨拶するんだ」
ちょっと間をおいて、私はおじぎをしたはずだと思うのですが、 そのことは記憶にありません。 あれは、本当に特別なできごとでした。-- usOperaweb より
1965 年の DVD ではこの大アリアのところで (まるでイタリアオペラのように) グリストが一度退出してから 3 度舞台に現れおじぎをするが、 この 1964 年におけるあまりの反響から、 Rennert もそうせざるを得なかったのだろう。 (2005.02.21)